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DIARY 日記・エッセイ

2008年06月01日

[ 私のこと ]

温泉ライター10年を振り返る。

ママレモンさんの絵 2.JPG


温泉ライターを始めて、
丸10年になります。

私は、もともと物書きになりたくて、
大学を卒業後、OLとして勤めていた会社を飛び出して、
どこにも所属しないまま、
いきなり「フリーライター」の名刺をつくり、
フリーライターになってしまいました。

最初から「温泉」にテーマを絞って書き始めたわけでなく、
駆け出しの頃は『DIME』や『日経トレンディ』などで、
今おこっている現象のレポートなどを中心に、
色々なテーマで書いていました。

温泉と出会ったのは『BE−PAL』の連載からです。
(その時の話は、「私のこと」をご覧ください。)
BE−PALの連載後は、旅雑誌などで国内の温泉案内記事を書きました。

その後、
『週刊朝日』のグラビアで「アジアの温泉極楽紀行」の連載をしたことにより、
世界中に湧く温泉の面白さに目覚め、
『週刊文春』や『週刊ポスト』などの週刊誌のグラビアで、
世界の温泉を紹介してきました。

今は、『オール読物』で文士が愛した温泉というテーマで書いたり、
本の執筆などをしてます。

紙媒体とともに、映像媒体でも仕事をしてきました。
映像デビューはかれこれ8年前、
『ちちんぷいぷい』(毎日放送・関西の方ならご存知ですよね!)でした。
その後は、『ニュースの森』(TBS)でもお世話になり、
『王様のブランチ』(TBS)には定期的に2年以上出演させてもらいましたし、
ここ数年だと、『ラジかるッ』(日テレ)や『ズームイン』(日テレ)、
今はレギュラーで『朝はビタミン』(テレビ東京)に出させてもらっています。
CSの『旅チャンネル』で自分の名前の冠番組を持たせてもらったこと、
そして自分の企画で、スタッフとともに番組を作らせて頂いたことも、
私が映像の仕事も積極的にしたいと思う大きなきっかけでした。

今年の初頭、国土交通省から
「YOKOSO!JAPAN 大使」に任命して頂いたことも、
私にとっては大きな転機で、
今は、日本の温泉文化を外国に紹介する活動にも精を出しています。

そして、
これからも紙媒体と映像媒体の両立、
その相乗効果を目指して、
頑張っていきたいと思っています。

こうして考えると、
あっという間の10年でしたが……、
色々とやってきたなーとしみじみ。(^^)

と、またまた前置きが長くなりました。(^^;)
これからが本編です。

これまで、
一人でやってきたわけじゃありません。
私はフリーランスでどこの媒体にも所属していませんので、
多くの方の期待とご好意に支えられて、
ようやく活動ができます。

私とお仕事をして下さったみなさんに感謝しながらも、
そんな私をずっと見守ってくれた読者も、
とても有難い存在なのです。
応援メッセージが、
私にとって何よりものエネルギー源でした。

私の応援サイトをご存知でしょうか。
http://members.at.infoseek.co.jp/tinnbotutai/mayumi-index.htm

このサイトの管理人のママレモン加藤さんに
初めて出会った時に、
「まゆみさん、HPないんですか?
 あるといいのに、僕がつくりましょうか」
と、ご好意から始まった応援サイト。

2000年に立ち上げ、
それからずっと温かく見守ってくれた読者の皆さん、
なかでもサイトを立ち上げ、
管理もしてくださっていますママレモン加藤さんに、
心から感謝しております。

上の写真は、ママレモン加藤さんが、
私の温泉ライターの10周年記念にと描いて下さった絵です。
私が温泉に浸かっている幸せそうな絵なのですが、
実物よりも、ずっと可愛い。

これを頂いた時、すごく嬉しかった。
ずっと見ていてくれたママレモンさんの気持ちに感無量で、
胸があつくまりました。ほろり。
今は、私の仕事机にあります。

みなさんのご好意を心して、
10年にして、
初心に戻り頑張っていきます!

応援して下さる皆様に、
心より感謝をこめて      山崎まゆみ

2007年09月11日

[ 私のこと ]

温泉稼業のはじまり

今日は小学館の雑誌『DIME』の座談会に出席してきました。
私にとって懐かしい雑誌。

ちょうど10年前、物書きになりたくて、当時、勤めていた会社を辞め、OL生活からいきなりフリーランスのライターになった。まだライターの仕事の経験なんてほとんどなかったのに、いろんな雑誌に、「ライターです」と電話をしてはお仕事を頂いた。けれどもそんなに簡単に仕事にありつけるほど甘いものではなく、苦い経験もある。それでも、拾ってくれる人とはいるもので、最初に拾ってもらったのが『DIME』だった。

本当に駆け出しのライターで、なんでもやります、がんばります、といった気持ちでとにかく必死だった。

仕事を始めてしばらくして、拾ってもらったDIMEの編集者とご飯を食べている時に、「私、大失恋したばかりで……」なんて、お酒の席で話してしまったのが運の尽き(!?)、いえ、これが幸運なライター人生の始まりで、数日後に、「君は“失恋記者”だ」と言われ、失恋記者として誌面に出て書く仕事を与えられた。(要は、ひとつの物事を紹介するのに、読者に面白がってもらえるようにと、キャラクターをたてて、キャラクターが案内するという企画。)ちなみに失恋記者時代の原稿の書き出しは、「私の心はブルー。」から始まるもので、失恋にも負けずに明日を目指す痛い女のキャラクターだった。ま、本当に大失恋したばかりだったので、作りでも何でもなく、地でゆくキャラクターだった。(笑) 余談だが、編集者からキャラクターを立てて書くという参考になるからと「不肖・宮嶋」(http://www.fushou-miyajima.com)シリーズの本を与えられ、抱腹絶倒しながら読んだものの、失恋記者の記事にはあまり参考にならなかった。(^^;)

ライターを始めた頃は、まさか、自分が雑誌に出るなんて思ってもみなかったし、どちらかと言えば写真は撮る方が好きだったから、写真に撮られることが、とんでもなく苦痛で。編集者に「表情がかたい。鏡の前でニコパチ(笑顔)の練習をしろ」と言われ、本当に鏡の前で朝晩笑った。だが、今でも「写真の表情がかたい」とお叱りをうけることがあり、未だ勉強中だ。

何度かやらせてもらった失恋記者シリーズを見た、当時、DIMEの隣に編集部があった『BE−PAL』の元編集長に、「君、脱げる?」(ま、これは大げさですが。^^;)なんて、聞かれて、「喜んで!」と、BE−PALの「混浴美女秘湯巡り」の連載がはじまり、今度は、“混浴美女”というキャラクターを与えて頂き、全国の混浴温泉を訪ね、出逢った人とのエピソードを写真を交えて記す企画を4年3ヶ月やった。この仕事で温泉というテーマに出逢う。初めは編集者から授けて頂いたテーマだが、今は、「温泉」ほど書くのに素晴らしい舞台はないと思っている。

こうした編集者との出会い、
そして多くの方に支え、応援して頂きながら今がある。
どこにも足を向けて寝られず、立って寝るしかない。
「本当にありがとうございます」。

今日は神保町を歩きながら、
この10年をしみじみと思い出してしまいました。
“初心忘るべからず”ですね。(^^)

そうそう、座談会の内容ですが、それはトレンド情報誌の企画だけに内緒です。もちろん私は温泉についてお話をさせて頂きました。
10月2日発売だそうです。

2007年08月30日

[ 私のこと ]

今日はなんの日?

今日は我が誕生日。(^^)

幼少の写真.JPG

特別なことをするわけでもなく、
普通に起きて、普通にご飯を食べて、普通に仕事をして、
なんともない一日ですが、
この何ら変わったことのない一日を過ごせることこそ
幸せだなーなんて、しみじみ。

8月は、通常の仕事をしながら
書き下ろしの本の原稿を書いていました。
まだまだ、あとふた頑張りくらいかな。
こうして発表の場を与えて頂けるのは、
やっぱり何より嬉しいことなので、
気合を入れないと!
バシバシ(気合の音です・笑)

健康な身体で、
仕事さえしていられれば幸せなのかもしれないなー、私、
なんて、誕生日にしみじみ思うのでした。

いくつになったかは、聞かないで下さい。(笑)
内緒です。

さてさて、今月に新潟で取材をしたものは、
おいおい書いて発表していきます。
掲載時期がきましたらその都度、こちらでご報告します。