DIARY 日記・エッセイ

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2006年11月03日

[ お知らせ ]

ありがとうございました。

すっかりご無沙汰しちゃっていました。
ごめんなさい。
国内を転々と旅に出ていたり、ラバウルの執筆に追われていたり、
さらにはこのところ、直したはずのパソコンの調子も悪くて。(汗)

お伝えしたいご報告もたくさんあるのですが、
それは、追い追い。

さて、まず初めに。
「10月23日」。
新潟県中越地震から今年で丸2年が経ちました。
2年前のあの日、私は韓国の田舎町で温泉の取材をしていました。
もう、何が起きたのかわからず、情報収集するにも限界があり、
ただただ、長岡にいる家族や親族、知り合いの安否だけを心配していました。

それから、震災が起きて1ヶ月ほどして、
1次災害、2次災害が落ち着きつつある頃、
「私に何ができるんだろ」
「私に何が出来るかわからないけれど、
 とにかく、何かをしなければ!」
と、考えられる様になりました。

そして、新潟県情報発信館「表参道・新潟館ネスパス」を
訪ねたのは12月の上旬でした。
その頃、新潟の仕事はしていたものの、
新潟の観光推進をされている方との面識は全くなく、
ネスパスの代表の電話番号に電話をかけ、職員の方に会いに行ったんです。

その時にお時間を割いて下さったのは、県職員のkさんでした。
初め、Kさんは頑ななほど、マスコミを嫌っていました。
「私に出来ることはありませんでしょうか。
 何かお手伝いできることはありますか?」
確か、唐突に、私がこんなことを言ったように記憶しています。
すると、Kさんは、
「マスコミは、震災直後だから騒ぐけれど、
 本当に大変なのは、マスコミが騒がなくなった頃からだ」
と、加熱する報道と報道のあり方に苛立ちを抱き、
報道に関連した事で精神的なダメージをも受けている様に見受けました。

それから、ネスパスの会議室で、1時間ほど。
震災で被害に遭われたKさんご自身の話やご家族の話も聞きました。
そして、別れ際、少しだけ心の内を見せてくれたKさんが私にこう言いました。
「山崎さんは、新潟をずっと書いていって下さいね
 約束ですよ」。

1ヶ月後、Kさんから、
「一緒に仕事しましょう」と電話が入りました。
それは、Kさんが企画する「にいがた温泉講座」の講師の依頼で、
もちろん、喜んでお引き受けしました。

今でも、Kさんの「新潟をずっと書いていって下さい」という言葉が
私にどれほど響いていることでしょう。

そんな意味合いも込めて、
今年の1月に「いい湯にであう。」の出版に至りました。

同時に、観光客が減った新潟にいらしてくださいといった内容の記事を
とにかく書きました。
下記は、ネットで書いたものの一部です。
http://www.sun-art.co.jp/forwoman/vol1/theme/vol17/essay/yamazaki.html
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/travel/hitou/archive/news/20050401org00m100009000c.html
http://www.bepal.net/e_konyoku/17.html
http://www.bepal.net/e_konyoku/18.html

こうして、雑誌や新聞、ネットで書かせて頂くことで、
読者の方から新潟に関する応援メッセージを頂きましたり、
「私も田舎が新潟なんですよ、一緒に新潟の記事を作りましょう」と、
マスコミの方に声をかけて頂く有難い機会にも恵まれました。

ありがとうございました。
皆さんのご好意、本当に嬉しかったです。

新潟は、派手ではないけれども、
決してお金では買えない優しく暖かい
"人の温もり”があるところです。
新潟に地縁のない方でも、
きっと、一度訪ねたら、「心のふるさと」を感じる場所だと思います。

これから、地酒が美味しくなります。
新米もとれました。
日本海の旬の魚も味わえます。
そして、雪国で雪見温泉は最高です。

そんな新潟で、
これまた新潟の赤倉温泉の温泉ソムリエ・遠間和広さんと
温泉トークショーをやらせて頂きます。
期日は12月5日。
場所は新潟の「朱鷺メッセ」です。
http://www.ajra.info/kouza/index.html
もし、お立ち寄りが可能であれば、いらして下さいね。

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